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アダマン号に乗って(2023)

  • Jay
  • 2023年5月19日
  • 読了時間: 2分

Sur l'Adamant (2023) Nicolas Philibert


精神的疾患や障害は不幸の種なのではなくて、その人のもつ個性の一部なのだ…という主張は、日本でもフランスでも、普通はただのきれいごとに聞こえる。しかしこの木造船の形をしてセーヌ川に浮かんでいるデイケアセンターは、その考えかたを愚直に実践する場所として、つくられた。だから、そこにいる誰も(精神科医やデイケアスタッフですら)患者たちを判断しない、批評しない、ただ横にならんで言葉を交わし続けるだけだ。


患者たちの言葉が真実かウソかも映画では明示されないので、観客の側も、デイケアスタッフの視線になり、相手を批判することも判断をくだすこともせずに患者たちへ接することになる。


この宙づりの齟齬の感覚が、この映画の主題。つまりは、すべてに素早く決着がついて正しく構造化されることが求められる現実の世界(それは監督が認めているとおり、フランスでもそうなのだ)とは、まったく正反対の世界を、この監督は差し出そうとしている。


その点ではフレデリック・ワイズマンの系譜に連なっていて、クローズアップやズームを意識的に排除したフラットな画面も、ワイズマン作品によく似ている。


ただし映画史的素養があれば、そうした監督の意図はだんだんと分かってくるものの、いくばくかの語りの弱さを感じるのも正直なところではある。アダマン号の世界に入ってゆく、そしてそこに観客もとどまるべきなのか、最後には船を下りてもとの世界へ戻ってくる方がよいのか、そこは放り出さずに作り手の考えを示すべきだったかもしれない。

 
 
 

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