ヴェネツィア国際映画祭で審査員賞を受賞した、濱口竜介さんの最新作。
架空の小さな集落で暮らす寡黙な男と、その幼い娘。美しい森と澄んだ雪解け水にささえられて静かな暮らしを守っていたが、ある日、そこにキャンプ場建設の計画が持ちこまれ、ざわめきだす集落。それは地域に東京からの観光客をもたらすかもしれないが、設置される浄化槽はおそらく水を汚染するだろう。それにこれはコロナ助成金目当ての、穴の多い計画であるらしい。
集落の人々はあくまで理路整然とおだやかな反論を述べる。説明に立った事務所の男女も人々の冷静さを前に、自分たちの浅はかな生き方を省みるようになるが、立案した親会社はあくまで計画を推しすすめようとする。板挟みになった事務所の男女は、あの寡黙な男を頼ろうと再び集落を訪れる。そして娘の様子がしだいに変わり始める。
村上春樹的な不気味なツイストをはらんだ、これは明らかな「短編小説の息の長さ」で作られた中編。
画角や色調の何が特別に優れているというわけではないのに、なぜかショットが緊迫感を帯びる濱口じるしは健在。数々の栄誉を手にしてなお巨匠になってしまわない、作り手として更新を続ける、のは本当に立派。
この映画の主題は、「自然」というものが人間に対してとる善でも悪でもない関係。地震や津波ですら、自然は人間に悪をなそうとして起こすわけではない。逆に人間が自然の恵みととらえるすべてのものも、人間が自らの都合で自然を利用しているだけだ。自然と人間は、仲良く近づくことも敵でありつづけることもできない。そういう関係を結ぶものとして、二つはただ併存している。
この映画の、とりわけエンディングは、そこにつながるものとして作られている。