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On Chesil Beach (2017) dir. Dominic Cooke

チェシル・ビーチはイギリス南部にある景勝地で、海に長い砂浜が突き出た不思議な眺めで知られている。

主人公は、そこへ新婚旅行にやってきた若くて教養のある男女二人。時代は1962年。二人はこの日、結婚式を挙げたばかり。そしてともにセックスの経験がなく、これから迎える初夜に、互いに怯えていた。男が女へ手を伸ばし、ベッドへ横たわる、そのわずかなあいだに二人の中でこれまでの幸せな日々・不幸な事件の記憶がよみがえってくる。その記憶と、これから行う行為の結末が、実は後の人生を大きく変えてしまうことを二人はまだ知らない。

いろいろ不器用なカメラと編集ながら、英国のことばの響き・曇天・美しい景観を上手に使って良い感じに仕上げてしまうのはBBC Filmsならでは。Saoirse Ronanが世慣れない英国の娘になりきっていて見事だけど、ブルックリン生まれなんですね。

イアン・マッキューアンの原作自体が抱えている物語の欠陥は、ちょっと仕方がない。大学シーンはどこで撮ったかと思ったらマンスフィールドらしい。

BBC Filmsの作品では『17歳(An Education)』が同様の空気感だった。新進女優 (Carey Mulligan) を抜擢して成功したのも同じ。


Disobedience (2018) dir. Sebastián Lelio

主人公の女性は小さな田舎町でユダヤ教のラビ(宗教指導者)の娘として生まれたが、父親に反発し、家を飛びだしてニューヨークで写真家になる道を選んでいた。ある日、父親が急死。町へ戻ってきた彼女は、寸分も変わらず続けられている宗教儀式と、家を出たときそのままの抑圧的な人間関係を目にする。

そして彼女は、町に残っていた女の恋人と再会した。その恋人はすでに幼馴染みの男と結婚していたが、二人は人目をしのんだ密会を始める。信仰が命じるあらゆる禁忌を破るこの密会が、こうあるべきと振り当てられた役割への意図的な〈不服従 disobedience 〉に発展してゆく。

米国のJewish Film は長い歴史があるけれども、ユダヤ人女性の性志向と信仰の相剋というテーマは比較的珍しい。画面の全体が静謐で沈滞したトーンにまとめられていて、女優二人の演技は、かれらが恐れと情熱を行き来する様子に、ていねいに輪郭を与えている。もっとも物語は、これも少々甘めかもしれない。


追記。その後 On Chesil Beach は『追想』の邦題で公開された(マキューアンの原作は『初夜』)。Disobedeience は『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』の邦題で2020年2月に公開予定とのこと。2019.12.3.

  • 2017年12月23日

どこに旅してみても、ほかの土地で暮らしたり、生活環境を替えてみても、べつのところ、他なるものへと向かう渇望を充たすことはできない。(…)形而上学的な渇望は、まったく他なるものを目ざし、絶対的に他なるものに向けられているのである。

Aucun voyage, aucun changement de climat et de décor ne sauraient satisfaire le désir qui y (*=l’ailleurs ou l’autre) tend. (…) Le désir métaphysique tend vers tout autre chose, vers l’absolument autre.

レヴィナス(熊野純彦訳)『全体性と無限 — 外部性をめぐる試論 — 』岩波文庫、2005, p. 39

Emmanuel Levinas, Totalité et infini. Essai sur l’extériorité, Kluwer Academic, Poche, 2010, p. 21


筆者はブッシュ政権下でアメリカの中東政策形成に関与した一人で、今年の初めにはティラーソンに抜擢されて国防省へ…という噂が流れたこともあった。その筆者が語る「トランプ政権の外交政策は、結局のところこれまでの共和党政権と大きく変わらない」とする診断。まあこれまでを見るかぎり大して変わっていない(変えられなかった)のは確かだけど、今後もそうと断言する理由がよく分からない。

こちらは英国の王立国際問題研究所でディレクターをつとめる筆者による、国際情勢診断。中ロの台頭に加えトランプ政権の誕生で世界的にリベラリズムは危機にあるように見えるが、実際はそれほど心配する必要はなく、これから力強く復活するだろうと。ただしそのためには世界経済の成長維持が必要だから、たとえば中国の一帯一路政策に欧米もくわわって、どんどん投資せよと。なんだかお気楽な診断だと思う。

new yorker

これはなかなか素敵な記事。筆者が生まれた中西部の町を再訪し、そこで出会った小学校の教師や水道局の技師といった身近な人の話に耳を傾ける。テーマはアメリカの保険制度である。

彼らはごく善良な人たちで、身の回りの困っている人に手を差しのべることにはすこしも躊躇しない。

しかし勤勉で堅実な人生を送ってきた自分たちと比べて、一向に暮らしを立て直そうとしない怠惰な人々に、高額の健康保険が支出されていることに釈然としない思いも抱えている。

社会保障の光と影を、高いところからではなく街場の感覚から解きほぐしてゆく。まさに草の根の社会民主主義を地でゆく光景。日本の選挙戦でも、こういう議論があるといいと思う。


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